旅費規程は労働基準監督署に届け出るのか
旅費規程は賃金の定めに当たらなくても、事業場の全員に適用する定めなら労働基準法89条10号で届出の対象になります。10人の数え方、意見書を含む手順、周知の方法を条文で整理します。
出張旅費規程を作ったとき、あるいは日当の額を直したとき、それを労働基準監督署に届け出る必要があるのか。答えは、規程の名前ではなく中身で決まります。労働基準法第89条は、常時十人以上の労働者を使用する使用者に、同条が列挙する事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならないと定め、これらの事項を変更した場合も同様とします。その第十号は「前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項」です(e-Gov 法令検索 労働基準法 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 )。旅費規程が事業場の全員に適用される定めなら、条文の形からはここに当たると読めます。この記事では、届出が要る範囲、10人の数え方、意見書を含む手順、周知の方法までを順に扱います。想定しているのは、旅費規程を作る側に回った中小企業の総務・経理の方です。
届出の要否は、規程の名前ではなく中身で決まる
届出が要るかどうかは、規程に付けた名前では決まりません。見るのは、その規程が第89条の列挙するどの事項を定めているかです。
旅費や日当が第二号の「賃金」に当たるかは、同法第11条の定義で決まります。第11条は賃金を「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定めています。出張で実際にかかった運賃や宿泊料を払い戻す実費弁償は、労働の対償として払うものではないので、この定義には収まりにくいと読めます。
ただし、号の振り分けが決まらなくても結論は動きません。賃金に当たるなら第二号、当たらないなら第十号で、どちらでも届出の対象だからです。
| 旅費規程に書いている内容 | 当たり得る号 |
|---|---|
| 日当・宿泊費・交通費の支給基準(実費弁償として払うもの) | 第十号(事業場の労働者のすべてに適用される定め) |
| 旅費や手当を賃金として支払う形にしているもの | 第二号(賃金の決定、計算及び支払の方法など) |
| 出張の申請・承認・報告の手続きだけを書いたもの | 全員に適用される定めであれば第十号 |
就業規則の本体に「旅費については別に定める」と書き、別紙の旅費規程で中身を決めている形でも、定めているのは同じ事項です。中身で判断し、迷うときは届出先である所轄の労働基準監督署に確認してください。
「常時10人以上」は会社全体ではなく事業場ごとに数える
兵庫労働局は、作成・届出義務の対象を「常時10人以上の労働者を使用する事業場」とし、パートタイマー等も人数に含まれるとしています。届出先はその事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長で、10人未満の事業場についても作成整備することが望まれるとしています(兵庫労働局「就業規則」 https://jsite.mhlw.go.jp/hyogo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/_79883/syugyou_kisoku.html )。
数える単位は会社全体ではなく事業場です。ただし、どこまでを1つの事業場と見るかは、場所が離れているかだけでは決まりません。規模が小さく、組織や事務の面で独立しているといえない出張所・支所は、直近上位の事業場と合わせて1つの事業として取り扱う、という行政の解釈例規があるとされています。その原文は一次情報で確かめられなかったため、ここでは断定しません。
実務で気をつけるのはこの向きです。本社6人・支店5人の会社が「どちらも10人未満だから対象外」と先に決めてしまうと、合わせて11人の1つの事業場と見られたときに届出の漏れになります。支店を独立した事業場と数えてよいかを含め、迷うときは所轄の労働基準監督署に確認してください。
同じ労働局の資料は、本社機能を持つ事業場が複数の事業場の就業規則をまとめて届け出る方法(本社一括届出)にも触れ、これは本社と各事業場の就業規則が同一である場合に限られるとしています。支店だけ日当の額を変えた旅費規程は「同一」ではないため、この方法には乗りません。
出す前に意見を聴き、意見書を添える
第90条第1項は、就業規則の作成または変更について、過半数で組織する労働組合、それが無ければ労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないと定めます。第2項は、前条の届出をするについて、その意見を記した書面を添付しなければならないとしています。
聴くのは意見であって、同意ではありません。反対の意見が出ても届出そのものはできます。逆に、同意書だけを取って意見書を添えない形は、条文が求めるものと違います。
第89条は届け出なければならないと定めるだけで、いつまでに出すかという期限は条文に書かれていません。もっとも、第89条と第90条第1項に違反した者は、第120条により三十万円以下の罰金に処するとされています。期限が書かれていないことは、出さなくてよいという意味ではありません。
実務の順序は、作る、意見を聴く、意見書を添えて届け出る、周知する、の4つです。日当の額だけを直したときも、変更した場合は同様とする、の対象です。
届け出ただけでは足りない。周知の方法は決まっている
第106条第1項は、使用者にこの法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則などを、厚生労働省令で定める方法により労働者に周知させる義務を課しています。その方法は労働基準法施行規則第52条の2が3つ挙げています(e-Gov 法令検索 労働基準法施行規則 https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023 )。
- 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
- 書面を労働者に交付すること
- 使用者の使用に係る電子計算機に備えられたファイルなどに記録し、かつ、各作業場に労働者がその内容を常時確認できる機器を設置すること
共有フォルダに置いただけで済ませている会社は、3つ目の「各作業場に常時確認できる機器」まで満たしているかを確かめてください。第106条の違反も第120条の罰則の対象に含まれています。
周知していない規程は、精算の線を説明する土台にならない
旅費規程は労務の書類であると同時に、税務の説明の土台でもあります。国税庁は、国内の出張や転勤のために役員や使用人に支給した出張旅費、宿泊費、日当などについて「その旅行について通常必要であると認められる部分の金額は、課税仕入れになります」としています(国税庁 No.6459 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6459.htm )。
「通常必要と認められる」範囲を自社でどう引いたかを示すものが旅費規程です。周知されていない規程は社内の基準として示しにくく、金額の根拠を説明する場面で弱くなります。帳簿の保存だけで控除できる範囲と規程の関係は出張旅費でインボイスの保存が不要になる範囲で扱っています。
よくある間違い
- 旅費は実費弁償だから就業規則とは関係がないと考える。第十号は賃金以外の定めも対象にしています
- 10人を会社全体の人数で数える。数える単位は事業場です
- 小さな支店を当然に別の事業場として数え、本社と合わせた人数を確かめない
- 従業員代表の同意書を取り、意見書を添えずに届け出る
- 届け出た控えは保管したが、周知の方法を決めていない
- 支店だけ金額の違う規程を、本社一括届出でまとめて出す
まとめ
- 旅費規程も、事業場の全員に適用される定めであれば労働基準法第89条第十号の事項として届出の対象になります。賃金に当たるかどうかで結論は変わりません
- 数える単位は事業場です。どこまでを1つの事業場と見るかで結論が変わるので、支店がある会社は所轄の労働基準監督署に確認してください。届出先はその事業場を管轄する労働基準監督署長で、意見書の添付が要ります
- 届出と周知は別の義務です。周知の方法は施行規則が3つに限っており、どちらを欠いても第120条の罰則の対象に含まれます
規程に何をどこまで書くかは出張旅費規程の作り方にあります。Tabikan は規程に書いた線を設定として持ち、そこから外れた精算だけを人に見せます。